1: 名無し1号さん
no title

ネットも出始めで
ビデオはあったけど傑作選しかなかったり
そもそも出てない作品も多かったり
古い奴はテープが劣化して映像が乱れてろくに
見れなかったり
今とは比べ物にならないぐらい情報も交流手段も
乏しい時代に
どういう活動してたのか気になる

引用元: https://cgi.2chan.net/g/res/2281110.htm



  




2: 名無し1号さん
no title

東映からウルトラが出てたり総集編ビデオすら貴重だったのもこの時代ならでは

3: 名無し1号さん
no title

>総集編ビデオすら貴重だった
ほんとになー

4: 名無し1号さん
衛星放送を始めたばかりのNHKが90年にウルトラシリーズを順番に放送し始めたので
BSが映る友達にビデオに録画してもらってたなぁ

あと地方局の朝(自分は関西だからKBS京都とか)で再放送する番組も多かったので順番に録画してました
あとテレ東系の「午後のロードショー」でハリーハウゼン作品が放送される時は1つも逃さないよう気を付けて録画してたり

5: 名無し1号さん
あの頃の方が、ビデオでの作品の視聴に関して真剣に向き合ってたな。
携帯も無いから、ながら見もしなかったし。

まあ、ビデオテープだから、ちょっとした巻き戻しとかもあまりしないように気を遣っていたというのもあるけど。

6: 名無し1号さん
>まあ、ビデオテープだから、ちょっとした巻き戻しとかもあまりしないように気を遣っていたというのもあるけど。
テープは再生する度に劣化してしまうからね
でも全く再生できないではなく画質が悪くなりつつも再生できるという点はある意味長所かもしれない
BDなんてハードコートが標準だけどそれは保護層が薄過ぎるからで万一傷付いたら一発アウトだし

18: 名無し1号さん
>あの頃の方が、ビデオでの作品の視聴に関して真剣に向き合ってたな。
HG120分で録ったヴィデオテープが宝だったよね。
人間が感じられる幸福感には、上限があるんだと思う。
今、ブルーレイで大画面で見るのと、80年代頃VHSで録ったのをみるのと、満足感は同じくらいなんじゃないだろうか。

7: 名無し1号さん
1巻1話しか入ってないんで地味に視聴がめんどくさかったレオ初期
順番がめちゃくちゃかつ2話ずつなタロウ

8: 名無し1号さん
>ビデオはあったけど傑作選しかなかったり
これは全話収録が当たり前になった時代の感想かなあ
当時はビデオソフトでいつでも見られる事自体が有難かった
シルバー仮面のLDボックスなんかは衝撃的だった

9: 名無し1号さん
ジャッカー電撃隊VSゴレンジャーとか、スーパー戦隊大百科?の巻末ビデオ資料を見たら「現在は廃盤になっています」を見た
そのあと市内のレンタルビデオ屋でそのビデオ(VHS)が古びたままレンタルされてるのを見て、マニア向けのお宝発掘品だと思ったわ
早くレンタル落ちしないかと待ってた

10: 名無し1号さん
時差ネットとか放送なしとか放送時間重複とかも田舎では悲惨だったな
北海道の道東と道北ではテレ東が全く放送されなかったんだよ
大都会静岡ではライダーも戦隊も1周遅れだったのに驚きだわ
あのころはyoutube公式配信とかなかったし

11: 名無し1号さん
後追い世代で90年代に旧作戦隊に興味を持ち始めた身としては、全くビデオ化されていなかった『ゴーグルファイブ』が幻の作品だった。
(『バトルフィーバー』や『ライブマン』もだけど)

しかし、戦隊のビデオ化、初期段階で『バトルフィーバー』や『ゴーグルファイブ』をリリースしなかったのは何故だろう?

12: 名無し1号さん
>しかし、戦隊のビデオ化、初期段階で『バトルフィーバー』や『ゴーグルファイブ』をリリースしなかったのは何故だろう?
昔の戦隊はアンケートと要望でリリース作品決めてるからゴーグルは圏外だったんだと思う
バトルの場合は当時のビデオ事情が売上げ次第で打ち切る形なので
マーベルからセールライセンスをレンタルしても完走できない可能性考慮して
LD販売って形で処理したんだと思う

13: 名無し1号さん
>>しかし、戦隊のビデオ化、初期段階で『バトルフィーバー』や『ゴーグルファイブ』をリリースしなかったのは何故だろう?
>昔の戦隊はアンケートと要望でリリース作品決めてるからゴーグルは圏外だったんだと思う
>バトルの場合は当時のビデオ事情が売上げ次第で打ち切る形なので
>マーベルからセールライセンスをレンタルしても完走できない可能性考慮して
LD販売って形で処理したんだと思う

ほう、勉強になります。
しかし、90年代前半、他の近い年代の戦隊を差し置いて旧作では『ダイナマン』が人気だったとは。

14: 名無し1号さん
ビデオ企画では東映の大百貨5本シリーズが良かった記憶
天本柴田や安藤飯塚などの
新録音のナレーションも良かった

15: 名無し1号さん
ダビングなんて裏技を知ってたのは相当コアな人たちでしたね

16: 名無し1号さん
>ダビングなんて裏技を知ってたのは相当コアな人たちでしたね

そう?機械関係に弱かった自分でも、デッキ2台とテレビ繋いで簡単にダビングしてたから、割と一般的なんだと思ってた。

17: 名無し1号さん
>そう?機械関係に弱かった自分でも、デッキ2台とテレビ繋いで簡単にダビングしてたから、割と一般的なんだと思ってた。
90年代くらいからコピーガードがかけられたビデオソフトも増えてきたし、
あまりほめられたことではないけど
ダビングという手段はかなりポピュラーではあったと思うよ

個人経営の電気屋でダビングサービスをやってるところもあって、
建前上はホームビデオに限るってことになってるけど
店員と仲良くなれば市販のソフトもこっそりやってくれたり

今では考えられないくらい大雑把な時代

19: 名無し1号さん
今でこそサントラやソングコレクションが手に入って当たり前の時代だけど80年代の頃に過去の特撮の挿入歌、作品によっては主題歌すら手に入れることが難しい時代だった
色々な人に訊いてあたってレコード持ってる人がいたら借りてダビングしたり、あちこちのレコード店やホームセンターとか行って古い作品が入ったカセットテープ探して回った 
映像に関しては、80年代前半はビデオもまだ普及してなかったから再放送逃したら終わりみたいなところあったな 
家にビデオが来たのが80年代中盤だったけどテープは高いわ画質はすぐ乱れるはで不満だった

20: 名無し1号さん
no title

俺がダイレンジャーファンになったのも
父さんがダビングしまくってくれたから。
おかげさまで見放題(´・ω・`)

21: 名無し1号さん
予告編だけのビデオとかあったよね

22: 名無し1号さん
>予告編だけのビデオとかあったよね
東宝特撮の怪獣達は図鑑でしか見れなかったから
(近所でレンタルしてたのがなぜかドゴラだけ)
動く映像で見れて感動ものだった 予告だけど

23: 名無し1号さん
no title

ビデオデッキなかったけど持ってた

24: 名無し1号さん
vsゴジラシリーズはコピーガードかかってて
まともな画質じゃなかったけど
平成ガメラはコピーガードかかってなくて
ダビングして何度も観てたな

25: 名無し1号さん
カセットテープに音だけ撮って画像は脳内再生
アニメだとフィルムコミックとかあったけど
特撮はないので記憶だけが頼り
ゴジラなどのコミカライズはあらすじは分かるのは良かったが
絵が似てないとかがザラで不満だった
ケイブンシャの百科で海外モンスターパニック映画を知り
色々と想像してワクワクしていた
物体X、デッドリースポーン、エイリアン、ジンジェノアは
見た事は無くても絵は描けた変な子供だった

38: 名無し1号さん
>カセットテープに音だけ撮って画像は脳内再生

ザ☆ウルトラマン本放送時、ビデオデッキがまだなくて、ラジカセで音だけ録音してたなw
あの頃はコロンビアから、ウルトラシリーズのドラマが収録されたLPレコードなんかも発売されてたから、映像を脳内補完する癖まで付いてたw

26: 名無し1号さん
野田圭一さんがナレーションやってたビデオの怪獣図鑑ずっと見てたわ
近所のレンタル屋にはそれしか無かったし
今度はつべでこっちの方も配信して欲しい

27: 名無し1号さん
90年代だとニフティサーブの特撮会議室とかかな。特にティガや平成ガメラなんかは常時盛り上がっていた印象

28: 名無し1号さん
マスクマンはテレビ版VHSはなかったが劇場版はあった
しかしライブマンとファイブマンは劇場版が存在しないので動いているところを見る手段がなかった
初めて動画を見たのはカラオケの映像だった気がする…

29: 名無し1号さん
>マスクマンはテレビ版VHSはなかったが劇場版はあった
当時マスクマンのカッコイイOPが見れるぞ!とウッキウキで再生したら
ドレミファイッ!ファイッ!とプールサイドで和やかに踊る5人の映像が流れだし
目が点になった人は多いと思う

30: 名無し1号さん
90年代でビデオというとパワーレンジャーの日本語訳ビデオがまだ出てたって印象がある。
そもそも洋物のビデオがまだ強い感じがする

31: 名無し1号さん
デンジマン以外の80年代の戦隊のビデオって出てたのかな
上のターボレンジャーも初めて見た

32: 名無し1号さん
>デンジマン以外の80年代の戦隊のビデオって出てたのかな
>上のターボレンジャーも初めて見た
サンバルカンとダイナマンはTVシリーズのビデオが出てたけど
どっちもシリーズ半ばで打ち切り
ターボレンジャーも傑作選なので未収録のエピソードがけっこうある

収録話数がバラバラとはいえ、80年代の戦隊でビデオで全話出たのはデンジマンだけだね

33: 名無し1号さん
場所によってだが、1ヶ所にウルトラマンシリーズ、ライダーシリーズが一通り揃ってたTSUTAYAもあった。何故か昭和ガメラや昭和ゴジラが大人向けコーナーに置かれてたりして。

34: 名無し1号さん
ビデオやレコードはレンタルでも
学生には金銭的負担が大きいので
同好の士数人を集めお金を出し合い
1/人数の代金で楽しんでたな

35: 名無し1号さん
no title

ウルトラQが見られたのは、嬉しかったな。

36: 名無し1号さん
渋谷のTSUTAYAの品揃えがすごいぞ、と聞いて
わざわざ神奈川県からレンタルしに行ったな。

37: 名無し1号さん
90年代というとLD(レーザーディスク)で初ソフト化を果たしたとかも目立った時期でもあるか
まあロボコンみたいに出したものの途中でリタイアなんて珍しいのもあったが

39: 名無し1号さん
行ったことないけど新宿のTSUTAYAは特撮のみならず
ありとあらゆるものが揃ってるって聞いたな

40: 名無し1号さん
>行ったことないけど新宿のTSUTAYAは特撮のみならず
>ありとあらゆるものが揃ってるって聞いたな

歌舞伎町にレンタルが移転するまでは確かにそうだった。
旧作の在庫はたしか、渋谷店に移動して今でも借りられるんじゃなかったかな。
VHSの「東映特撮大図鑑」「怪人怪獣大百科」なんかもあった。

41: 名無し1号さん
no title

後々ネットをやるようになって評判の悪さを知ったけど、ゴジラとガメラくらいしか観てなかった自分が本格的にこの世界に足を踏み入れたのはこのシリーズを読んでからだった

42: 名無し1号さん
俺も、高校生のときに学校帰りに読んだ
怪獣VOWが特撮オタクになったキッカケだったな

「帰ってきた」と「さらば」は、ネタ切れ感が
あったけど、1巻目は当時、心から楽しんだもんだ。
ネット文化ができてからは叩かれまくってるけど。
ソースがはっきりしなくて、いい加減な内容ばかり
載っているから仕方がないとはいえ、
当時はソフト自体がなかったから、仕方ないんだよな

43: 名無し1号さん
知り合い以外の番組の感想が読めるのは
放送から2か月後の宇宙船かファンロードだったな

Windows98が来て放送後すぐに感想が読めるのは
当時衝撃だった

44: 名無し1号さん
LDのセットとかあったな

45: 名無し1号さん
ウルトラビッグファイトを何百回みたことか

46: 名無し1号さん
宇宙船、bクラブ、スポーツ新聞などで1枚のスチール、2~3行の情報だけで
しばらくお腹いっぱいだった。素直に幼年誌見りゃ手っ取り早かったんだが、恥ずかしくて表紙チラ見するだけ。グリッドマンがテレビランドの表紙にあったときは、ウルトラマン、ずいぶん攻めたデザインで来たなと勘違いしたな。vsシリーズのポスターも少ない情報の中、妄想出来たわ。

47: 名無し1号さん
宇宙船とかの広告にあった、物凄い高価なビデオの通販は実際どれくらいの人が買ったんだろうな。
未だに通販ビデオ以外でソフト化出来ていない幻の作品もかなりあったし、
広告で存在した以外に現物が流通したのかすらわからないのも相当あるよね。
マリンコングや豹マンなんてのはビデオの広告で知ったわ。

48: 名無し1号さん
no title

ミッドナイトギグやコレで中京テレビには感謝

49: 名無し1号さん
映画館が凄い安普請な建物で汚くてヤニ臭い
壁が薄く外の騒音は要りまくりだったり
近所の家の味噌汁の匂いが入りまくり
床はベタベタしていて椅子と廊下に段差があって
上映中に入ってきた人間がコケる事多数
急階段を上っていく二階席は柵が無く
落ちたら確実に死ねる危険度
上映中にタバコを吸う輩多数
とは言え一度入れば何度も観られて一日潰せた
まんが祭りやら84ゴジラや80年代ハリウッド特撮の記憶は
ヤニの臭いとセットで覚えている

50: 名無し1号さん
関西では、大阪のゼネプロや海洋堂、兵庫県伊丹市の映画館、伊丹グリーン劇場での特撮オールナイトなどが交流の場だったね。

57: 名無し1号さん
>関西では、大阪のゼネプロや海洋堂、兵庫県伊丹市の映画館、伊丹グリーン劇場での特撮オールナイトなどが交流の場だったね。

ネットで情報を漁ると、当時の思い出話をしている人の記事が見つかったが、80年代に関西の劇場に田中友幸プロデューサーや中野昭慶監督、川北紘一監督が劇場に来て色々話をしてくれるイベントがあったみたいだな
なんというか当時を生きた特オタが凄く羨ましいわ
自分から見るとこの辺のビッグネームは教科書に載ってるような歴史上の伝説の人物って感じだし
レジェンド染みた方々と直接交流を持てたファンが居たんだな、っていう事実に妙に感動する

61: 名無し1号さん
>レジェンド染みた方々と直接交流を持てたファンが居たんだな、っていう事実に妙に感動する
仮面ライダーZXも
ファンの集いに石ノ森章太郎呼んで
それがきっかけでできたんだよな
すごすぎる

62: 名無し1号さん
>仮面ライダーZXも
>ファンの集いに石ノ森章太郎呼んで
>それがきっかけでできたんだよな
>すごすぎる

あの頃は、現在のようなネットやSNSがない分、今でいう「リアルでの繋がり」が濃厚だったのかもしれません。特に、普段思うように情報交換が出来ない分、イベントなどで集まったら、一気に連帯感が爆発するような。
そこから考えると、現在と比べ、不自由な時代ではありましたが、とても良い時代だったのかもしれません。

51: 名無し1号さん
no title

この本は買ったわ

52: 名無し1号さん
ファンロードなんかも現在のネット掲示板に近い交流の場と言えたような

53: 名無し1号さん
no title

収録順がめちゃめちゃ
しかも最終回がない!
それでも、何話か見られれば幸せだったよ・・

54: 名無し1号さん
「ファンロード」は1983~1984年頃
「特撮BOX」って特撮ネタを扱うコーナーがあったからね

55: 名無し1号さん
アニメ誌や特撮誌などは情報の他に
文通コーナーで仲間を募ったり
グッズのトレーディングをしたり
同人誌・個人誌の通販をしたりする場でもあったな
今考えると個人情報駄々洩れw
広告はマニアックな店が近所に無い地方人には
救世主みたいなものだったそうだ
全部ネットでできるようになったのは便利だが
寂しくもあるね

56: 名無し1号さん
no title

1983年のゼネプロ広告
店内で上映会やってたのね

58: 名無し1号さん
no title

80年代後半は玩具店で売ってたこのシリーズにお世話になった(値段も手頃でソフビ付き)、2本くらい買ってもらった。

59: 名無し1号さん
子供の頃、キー局は視聴できたが
映画はテレビの宣伝が終わってしばらくしてから
地元でやっと上映される感じだった
首都圏まで電車で一時間もかからない距離なのに
…と子供心に憤っていた
フィルムの巡業の事情なんて知らんしね
雑誌で感想を読んだりネタバレになってから鑑賞するので
大人になっても多少のバレは気にしなくなったな

60: 名無し1号さん
no title

ビデオ化の状況が悪すぎて
OPとEDしか見れなかったものが多かった。

特にバトルフィバーは・・・

63: 名無し1号さん
元グリーン劇場スタッフ 兼 ゼネプロお手伝い
兼 ろーでぃすとですが・・・

グリーンの前は 新世界東宝敷島劇場でした
あとエルマガとかで毎週のように上映会してましたね。

高価なビデオソフト時代は、レンタル屋さんで
借りてました。天満のビデオレンタル屋(アルファ)とか特撮ものかなり置いてましたし
84年頃になると、駅前第3ビルとかの地下にも
レンタル屋さんが増えたので、ダビングしまくりましたね。

64: 名無し1号さん
当時 グリーン劇場のオールナイトは一度
上映したものはしないというお約束がありましたので
当時の支配人が大変苦労されてましたが

グリーンリボン1回目は 川北監督でしたね
佐原健二さんや 土屋嘉男さんもゲストで
来られました。
オークション大会とか懐かしい思い出です。







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