
(C)石森プロ・東映
記事更新日・毎週水曜日22:30
特撮・SF映画・ドラマ感想記事予定表
※お題募集記事の為本文は
一定数コメントが集まった後追加という感じになってます。

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◎「地下作業場に親衛隊を伴ったサデスパーが現れ、人工太陽の爆破を予告」
●準備稿では親衛隊の奇襲によって先ず千津子・ルミが銃殺。この時点で荒井も致命傷を追う。
●変わり果てた妻子の姿に激昂し、親衛隊全員を皆殺しにした後、荒井絶命。
◎サデスパー撃破後
●司令室に飛び込んできたイナズマンに、待ち伏せしていたガイゼルが右眼から怪光線を発射。
●怪光線を浴びたイナズマンが五郎に逆転するが、ガイゼルも徐々に消耗していく。
●怪光線使用の影響でデスパー・シティが消失し、現実世界の岩礁が最後の戦場に。
●再び変転を試みようとする五郎だが、怪光線によって全ての超能力を喪失してしまう。
●瀕死のガイゼルが最期の力を振り絞り、只の人間と化した五郎へ仕込杖の剣を投擲。
●その剣が五郎を庇ったカレンに命中し、カレンは五郎への愛を告げて絶命。
●怨敵を愛した娘の最期を目の当たりにして、絶望の表情を浮かべたままガイゼルも事切れる。
◎ラストシーン
●超能力・仲間・敵・愛する者・全てを喪った渡五郎が虚脱した表情で新宿の街を彷徨う。
●ふと、東映まんがまつり『イナズマン』の看板が目に入るが、五郎には何の感慨も湧いてこない。
●やがて人込みの中へと消えていく五郎の背中を捉えたまま、『イナズマンF』終幕。
イメージ的には第18話「レッドクイン 暗殺のバラード」のラストシーンに印象が近いかな?
準備稿「さらばガイゼル!イナズマン最期の日」は
敵将たるガイゼルに哀悼の意を寄せていてスタッフから愛されていた事が窺える名サブタイだった
怪光線と仕込み刀なら仕込み刀の方が良いから完成版で良かったと思ってしまった
本編でも怪光線使ってほしかったな
だってガイゼル総統は超能力者なのに本編では超能力らしい能力を一切使わなかったから(イナズマンという番組自体もイナズマンFになってからは超能力描写減っちゃってたけど)。
これをそのままやったら脚本家が干される
ついでに平山Pの首も飛ぶ
(だから反対して脚本を書き直させた)
【語ろう!555剣響鬼】のインタビューにて、イナズマンFの準備稿に感銘を受けた會川昇さん。仮面ライダー剣最終回の準備稿に
『剣崎が剣のゲームをやってる子供を見てるシーン』
を書き入れた。しかし、その意図を見抜かれた長石監督から
「お前がやりたいことは分かるけど、俺、こういうのが1番嫌いなんだよ」
とバッサリ切られたそうです。
ただ會川さんの剣は石ノ森原作っぽい終わらせ方が似合うというのは理解してくれたので、そこを煮詰めた末が、剣崎が皆んなのもとから去るというラストになった。
これはアニソン歌手の地位が低かったという事
終盤詰め込みの影響でサデスパーが瞬殺で終わったのは残念
あんた見た目的に絶対総統より戦闘頑張んなくちゃ駄目だろってなった
一方ウデスパーの最後の戦いは、せっかくのライバルとの最後の対決なのに、「邪魔だどけ!」みたいな流れだった
(これも要素の詰め込み過ぎの弊害だな)
サデスパーは、これまで市長と総統の太鼓持ちでがんばっていたのに、ガイゼルの「お前が犠牲になるのだ」で「俺も所詮は使い捨ての駒」と士気が下がっちゃってたんだよきっと。
世知辛い。
自分もカレンは登場させない方が良かったと思う。
カレンは登場させるにしても、もっと早い段階で登場させて物語に絡ませるべきだった。
それならガイゼルの無機質と人間性の両面が上手く表現できたろうし、五郎との悲恋も描けただろう。
最終回でいきなり出すには惜しいキャラ。
そうなったら男の子は戦わないキャラには興味がないから、変身してバトルするキャラになってヒメコブラとかひおあきら版のレーダーバットンみたいなキャラになったかもね。
『イナズマンF』は女性ゲストの美貌を愛でる作品でもあったので(断言)、単に最終回ゲストキャラと捉えたほうがいいのかも
自己レス
レーダーバットンじゃなくてレッドバットンだったw
レーダーバットンはデスギャットの相方の有名人の方だw
上にも書いて有るけど多分にガイゼルを単なる悪役のままで終わらせたくないという
スタッフの愛着が、カレンというキャラに託す形で具現化されたんじゃないかな?
個人的にはカレン殺害からイナズマンが突入してくるまでの間、
俯瞰からガイゼルを捉える静寂を強調したシーンに僅かながらも準備稿のテイストが感じられた
多分ガイゼルの弱みであり付け込む隙を出す為に創られたキャラなんだと思う
弱点の目は急でもまぁ仕方ない部分だけど、あまりにもデスパー軍団を謎に作り過ぎた弊害でイナズマンF自体は話が先に進まなかったという構造的問題があったから仕方ない部分じゃないかな?
それにしても無印以来、超能力バトルをどう表現するかが回を追うごとにおざなりになってたのは否めない。原作者の石ノ森章太郎は「当時の撮影技術ガー」とか言ってたけど構想の段階で超能力バトルとは?に対する答えが薄く浅いままにとどまってた疑惑。ガイゼル総統だって強大な超能力の持ち主とされてたのに、劇中で見せるアクションは常に物理(笑)だったもんなあ…あ、最終回の愛娘と喧嘩→部下に八つ当たりのくだりは可愛かったけどw
個人的には死者を復活させるのはあまりにも都合が良すぎて変に希望を抱かせる上にハードボイルド路線とそぐわなくなったのでやらないほうが良かったと思う
以下に具体例を挙げる
・死者を復活させることはできてもそれより難易度が低い筈の怪我の治療はなぜかできない(第15話)
(おかげで医者に看せようとしてピンチを招く)
・何故デスパーの犠牲になったゲストヒロインを復活させようとしない
(爆死したサイボーグのユキはともかく、イグアス星の事を考えたらクリスティーヌは復活させるべきでは?)
まあイナズマンの本来の敵はファントム軍団でデスパー軍団は番組の路線変更で生まれた本来登場する予定がなかった存在だから仕方がないんだけど。
アイアンキング制作陣「せやな」
確か藤森典子というCCガールズみたいな名前のヒロインが出てたな
今回は水木の兄貴や現場の大野剣友会みんなの顔出し出演とか
最終回ってことで色々と大盤振舞いだった
カレン様に近づいたり話しかけたりしたらヤバイが、鎌を投げつけるだけなら大丈夫なんだZ!
鎌を投げた若者(水木の兄貴)はその後どうなったのか
サデスパー達にやられちゃったんかな
最後五郎と荒井さん家族を乗せて笑顔で走り去る画も見たかったな
最終回の撮影の頃には東映のスタジオの片隅か解体屋の軒先で朽ち果ててそう>ライジンゴーの実車
あとガイゼルの回想に出て来たドリルの付いた空飛ぶ戦車、あれいつ出て来た?
初代ジェットデスパーが乗っていた
間違っていた
3話でバーナーデスパーが乗っていた奴だ
「独裁者の孤独」みたいなテーマに踏み込んだのも挑戦的
レッドクインの狙撃で血が滴ったあの描写がここで生きてくる妙 ガイゼルにも血を分けた娘がいるし、彼も赤い血が流れる人間なのだ
火炎ファイターに変身して最後は派手に爆死したバンバと、人間の姿のまま右眼から血を流しながら戦い特に技名の呼称もないただの拳打で絶命するガイゼルという対比も良い
平山亨プロデューサーの小説「私が愛したキャラクターたち」のガイゼル編を読んだ後だと、ガイゼルがそれまで見たことのない穏やかな口調で「部屋に帰っていなさい…」と言う様、カレンを殺めたあとイナズマンが踏み込んでくるまで呆然と立ち尽くしている様子など、色々考えさせられる
サデスパーより全然戦えている
総統はサイボーグ設定とかあるのかな?

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帝王バンバをも遥かに凌ぐ大超能力者らしいが
サイボーグ的なことは書かれてないから
超能力で肉体も強化されているのかもしれない
デスパーシティが位置する空間が構成されていたのか
で、イナズマンに右目をやられてそれが消えたと
総統の超能力はギアスみたく目がキーなのかな?
生まれてからずっとデスパーシティ暮らしか
最終回で報われてよかったなぁ
感動の親子の対面もあれば悲しい親子の別れもあるか…
ガイゼルはどうしてあんなにこじれた父になってしまったのだろう
それに奥さんは関係してたりするんだろうか
平山さんの小説の設定だと、カレンは超能力者の女性に産ませた子
その超能力ゆえに人間不信をこじらせてるガイゼルはその女性のことも妻だなどとは思っておらず一切信を置いていないが血を分けた娘のカレンのことは溺愛していた、とのこと
荒井の妻子との再会、デスパーシティの開放、カレンとの交流、デスパー軍団との決着を最終回に詰め込んでしまったのは惜しい
せめて前後編でじっくり描いてほしかったよ
それでもイナズマンというドラマ面で新しい挑戦があった作品を全話視聴できたことに感謝したい
カレンは父に背いてみんなを助けた結果、その父に殺されたけど、デスパーシティの市民のどれだけがそのことを知ってるのか?
画面上は人工太陽爆破を止めてくれたのがカレンだということは視聴者しか、五郎すら知らないのだ
解放された後のデスパーシティの人々の記憶の中でのカレンが「恐怖の独裁者の娘」のままなのかと思うと、なんか切ない
インターポール捜査官になったのは、記憶を失いながらもデスパーシティから脱出した後だったんだね
あの後どうなったんだろうか
第21話の死者部隊と同様、戦乱に明け暮れる諸外国へ「輸出」されていると脳内補完。
カレンに鎌投げた水木の兄貴を追っかけまわしているかもしれない(^^;
これもなんか平山Pの激おこ案件っぽいから
(子供に殺しをさせるという越えちゃいけない一線を越えちゃってるから)
再登場は無理だったんだろうな
何だろうこのシーンと、視聴中は、ずっとニヨニヨしてしまった。
それはそれとして、サデスパー市長は、切れ方が唐突で意味不明なガイゼルの下で、悪者ながらこれまでよくがんばったよ。
下の者には厳しかったけど、ガイゼルに倣っていると思えば、まぁ・・・仕方ないよねw
回ごとの出来は良いけど似たようなエピソードが多く、全体的に今一歩と言ったところです。
おそらくこの当時、ここまで尖った作品はイナズマンFだけだと思います
独裁者でありながら優しい眼差しを娘に向けながらも裏切りに激高して手に掛けてしまった直後の怒りと悔恨に満ちた佇まい
イナズマンの拳で人間らしく息を引き取る最期の場面も子供の頃は地味に感じたけれど今ではゼーバーを使わなかったイナズマンの心情も含めてとても考えさせられる
あとはラストまでずっとイナズマンの姿だったし

(C)石森プロ・東映
會川昇さんがNGになった最終回のシナリオを書籍で掲載すると言うのも異例の出来事だと思う
個人的には、荒井さんの娘が登場したので、子供まで死んでしまう展開は、ちょっと賛成出来ないと思いました
ガイゼル総統を演じた、安藤三男さんはやはり良い役者さんですね
平山亨さんや上原正三さんも認めるだけあるし、愛していた娘を自らの殺してしまうのは、悲劇でしかない
ガイゼルの救われなさが、心に響きました
さらに尖った作風になってたのか、それとも上層部の圧力で子供向けの路線変更を強いられたのか
他ならぬ長石監督が「もう少しFが続いていれば名作に成り得たかも知れない」と仰ってるからね
それでも東映特撮史に「爪痕」を残した意欲作ではあると思う
ガイゼル総統の片腕としてやってきたのに見捨てられるとはサデスパーも可哀想な奴